5月1日 今日は朝からあいにくの雨です。かなり降っていたのでレインコートを着て散歩に行きました。途中、山すそで誰かに折られたような竹の子を見つけたソラは、そこに座り込みガジガジかじり始めました。雨が結構強く降っていたので、早く帰ろうと急かしたら、銜えて歩き出しました。仕方ないので銜えたまま帰ってきて、体を拭く前に写真を撮りました。この後ソラは、小屋に入ってガジガシしたのを言うまでもありません。

そして午後は、
ソラのPWさんAさん夫妻と、異父姉妹のセレちゃんが、大阪から来てくださいました。
朝から大雨で、「Aさんたちが来られるからご一緒に」と声をかけておいたユーザーさん達は来られないなぁと、あきらめ かけていたのに、11時半頃には何とか雨が上がってくれて、赤穂のユーザー・Sさんとトゥルーくん、Nさんとホーミーくん、ワンコ大好きピアニストのW・Aさん、ガイドヘルパーのMさんの、4人と2頭で遊びに来てくださいました。とても楽しい一日になりました。
1時に、相生駅でPWのAさんと待ち合わせをしたのですが、ソラは、Aさんを見つけたとたん一目散にリードを引っ張り走り出し、尻尾を千切れそうな
くらいふって、飛びついて、飛びついてすごい喜びようでした。


普段は遊ぶことができない、現役盲導犬たちと一緒に遊ぶことができたことは、宝のような経験です。赤穂のSさん、赤穂のN・さんの貴重な話も、ためになりました。さすがは、ラプ使いだと、感心しながら聞かせてもらいました。 当たり前ですよネ そうでないと、いくら賢い盲導犬でも、コントロールできないんでしょうネ。ハーネスを付けていない普段、遊びながらでも、厳しくも楽しくしつけされているんだと言うことが良く分かりました。


トゥルーくんもホーミーくんも2匹とも、かなり大きな犬ですが、うちのソラやセレちゃんは結構小さい方なので、一緒に居ると別の犬種かと思うくらい差が有ります。はしゃぐホーミーくんと一緒に遊んでいると、大きい子もいいなぁと、うれしくなりました。



いつものことですが、ワンコの写真ばかりで人間が写っていません。 しかも、またWさんの姿が一枚もありませんでした。次は必ず・・・反省
Aさんたちが 帰られる時、追いかけて 着いて走ろうとするソラ。帰っていく車をず〜と、行ってしまった方をず〜と、寂しそうな目線で 後を追って
いました。 あの姿を見ると、またすぐ、遊びに行かせていただきたいなぁと 思いました。Aさん、その時はよろしくおねがいします。
赤穂へ皆さんを送って行って帰ってきて、ソラを見ると、ソラが小さくなったのかと思うくらい小さかったです。 ポチの次は絶対、とびっきり大きなCC犬を飼いたいなー (くれぐれも、ポチには内緒です・・・)
笑い
シッカリ遊んだ日の夜は、早くからグーグー寝てしまうそらですが、今日はAさんからいただいた、お気に入りのソフトクリーム型の笛付のおもちゃを、ピープー・ピープーうれしそうに気に入って一生懸命遊んでしました。お父さんお母さんのことを思い出しなが遊んでいるのかなぁー 今夜は、いい夢が見れそうやなぁ ソラ。


ピープーと一緒に、 かわいい おもちゃも もらいました。ソラ、またこれで遊ぼうなー お父さんお母さん ありがとう。
先日、母からちょっと興味のある話を聞いたので、ご紹介します。それは、昭和一桁代(1930年〜35年?)頃の話なのですが、私の祖祖母、つまり、ひいばあちゃんが私の母にしてくれたという話です。
ひいばあちゃんには、西宮市仁川に住む息子が居ました。ひいばあちゃんは、末息子が可愛くてよくその息子の所へ行っていたそうです、しかもそこへ行けば何日も泊まっていたそうです。肩こり症だった祖祖母のそこでの楽しみのひとつは、マッサージをしてもらうことだったそうです。そこへ行くといつも同じ方にマッサージをしていただいていたそうです。母の記憶では、その方のお名前は、岩橋さんといわれたそうです。このあたりには無い珍しい名前だったので覚えていたとか。ある日、その岩橋さんに、「いつも一人で来られるが、どうして一人で歩いてこれるのか」と聞いたら、「歩いていて、辻に来れば空気の流れが変わる。それで、いくつ目の辻に来たかを感じながら歩いて来る」って言われたとか、
何回もお願いする内に親しくなって、そのマッサージ師さん自身のお話も聞かせていただいたそうです。岩橋さんは、「病気で途中失明、苦しい次期を経て今は学生だか、将来視力障害を持った方たちのを支援する仕事がしたいと思っている」と言う話もして下さったと話してくれたそうです。
すごい方が居られるもんだと感心して聞かせてくれたので、この話は忘れずに覚えていると聞かせてくれました。
そして、ここからが本題、ご存知の方も折られると思いますが、日本ライトハウスなどの創設者のお名前が岩橋武夫さんと言われます。経歴を見ると、中途失明され
関西学院大学を卒業(卒業年が判りません)後、英国のエディンバラ大学で修士課程を終えて帰国し、関西学院大学の英文学部・専門部講師として学究の人となった。とあります。
ライトハウスさんなどのホームページによると、1922年にご自宅で点字出版に着手したのが始まりだと書かれているので、もうこの頃は大阪に居られたのだったら別人ということになりますが、
関西学院大学は1929年に西宮市上ケ原に移転とありますから、1929以降に 関西学院大学へ通われたのであれば、その近くに住んで居られたはずです。そして、うちの親戚のある西宮市仁川は、上ケ原のすぐ北側になります。母の話と、講師をしておられた時代がほぼ一致します。母も子供の時に聴いた話なので、学生さんではなく先生だったのかもしれません。だけど、そもそも、岩橋武夫さんは、マッサージをしておられたんでしょうか。ご存知の方いらっしゃいますか?
さてさて、うちのひいばあちゃんが肩揉みをしてもらっていたマッサージ師の岩橋さんって、もしかすると、日本ライトハウスなどの創立者の岩橋武夫さんかもしれませんね。
盲導犬が日本で誕生して今年で50年だそうですが、その25年くらいも前の話です。